「ミスト」が語るもうひとつの主張、それは
「人間の内なる恐さ」。
劇中、世間に疎まれていたカーモディは一躍教祖に祭り上げられます。
恐怖に狂った人間はどこかに救いを求め、それを解消しようと必死になります。
やがて
群集心理によって理性が外れ、自らが救われるためなら教祖の言葉を忠実に実行する殺戮マシーンに変貌する………。と学会の山本弘さんの小説「時の果てのフェブラリー」には、
「人は神の奴隷になりたがっている」という一文が出てくるそうですが、文字通りの事が起こっているワケです。
極限に追い込まれれば人間は何かに頼りがちになります。
そして、いとも簡単にその波に飲み込まれるものであると。………どんなに強靱な精神があっても油断は出来ず、誰であろがその可能性があるって事なのでしょう。
そう言えば現在放送中の「コードギアス」でも、シュナイゼルが
「人間はね、誰かに支配されたがっているんだよ」というセリフを吐いてましたな。
恐怖が、偶像を作り上げる。嫉妬・恐怖・哀願……一般に負の感情と言われるものが暴走した時、人間は何をするか分かりません。
現に変人扱いされていたカーモディも、あっと言う間に立場が逆転し、人々の羨望の的になっています。恐怖がいとも簡単に女を神にし、
女が普段抱えていた嫉妬は虐殺という形で発現してしまったのですから…。
嫉妬が、暴力へと変貌する。ここ最近でこれが一番よく現れているのは、この間のオリンピックかな。勝った人はいいけど、(特に期待されて)
負けた人間への仕打ちっても〜凄いじゃないですか。「勝てば官軍」と言えども、ここまで露骨なのかよと。あれも人々の羨望の感情が、一度負けたのを目にして
「ケ、なんだよ、この程度かよ」という軽蔑の念へと変貌し、言葉の暴力として発動を始めたように見えます。
この映画のテーマであろう「選択と結果」と同じ。
一度のボタンの掛け違いが、その後の展開をガラッと変貌させるこの世の恐い面を体言しているように思うのです。
いやぁ恐ろしい。
次回総括。
(続く)
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